4月 28 2011
強制執行・差し押さえと給料債権
「強制執行」「差し押さえ」というと、自宅まで執行官がやってきて家財を押さえられてしまう情景をイメージされるかもしれませんが、実際は預金口座や給料の差押えの方がよく見られるケースかと思います。
貸金や慰謝料、養育費、損害賠償金などを支払う債務があり、判決正本や和解調書、調停調書などが作成されている場合、支払が滞れば債権者の強制執行が可能となります。分割返済の約束を守れずに「期限の利益」を喪失してしまえば、支払うべき全額を一度に差し押さえられる状態になってしまう場合もあるのです。
今回は、ある日突然、職場に裁判所から差押決定が届いた場合どうなるか、というお話をしたいと思います。
1 給料の強制執行・差押えとは?
給料差し押さえは、債権執行の一種です。
・A→B
※請求権は、Aの「貸金」「損害賠償」「慰謝料」「養育費」などの請求権
・B→C(CはBの雇用主)
※請求権は、Bの賃金請求権
このように2つの請求権が成り立っている状態で、ABCを1本に連結してみると、以下のようになります。(Aから見た関係)
A(債権者)→B(債務者)→C(第三債務者)
給料の強制執行・差し押さえというのは、AがBに対する請求権(慰謝料や養育費、貸金債権など)を回収するため、Bの雇用主であるCを第三債務者として、BのCに対する賃金請求権を差し押さえるという図式です。
2 強制執行・差し押さえの対象
強制執行・差し押さえの対象は、給料債権に限定されるものではありません。可能であれば債務者の預金口座などを差し押さえた方が、一度に回収できる額はより大きくなる場合もあるでしょう。
ただ、債務者の預金口座が不明であったり、預金口座の残高があまり残っていないと予想される場合であれば、債務者の給料債権を差し押さえ、毎月少しずつでも回収していくという手段を検討しなければならない場合があります。
3 給料に対する強制執行・差し押さえの範囲
給料の全額が差し押さえられてしまうと、差し押さえをされた債務者が生活できなくなってしまいますから、債務者の給料を全て差し押さえるということはできません。
差押えが可能な範囲は、給料(基本給や諸手当。通勤手当を除きます)から所得税・住民税・社会保険料を控除した残額の、4分の1までです。
※給料から所得税・住民税・社会保険料を引いた残額が月44万円を超えるときは、その残額から33万円を控除した金額になります。
<大まかに計算した場合の一例>
①月ごとの総支給額:25万円
②天引き月額合計:5万円
③本来の手取り月額:20万円
④差し押さえ可能な月額:5万円(③の4分の1)
⑤差し押さえ後の手取り月額:15万円(③-④)
給料の総支給額が25万円、税金・社会保険料の控除額を、大まかに考えて合計で5万円と考えると、本人の手取り月額が20万円となります。月給から差し押さえによって月々回収することができるのは、この4分の1までですから、このケースでは月5万円までとなります。
上の例では月額5万円が差し押さえられた結果、債務者が得る手取り月額は20万円から15万円となり、差し押さえられた月額5万円は債務者の勤務先である第三債務者(C)が、債権者(A)に直接支払うことになります。
なお、給料に対する強制執行・差し押さえにおいては、月々の給料だけでなく、ボーナス(賞与)や退職金も執行対象とすることが可能です。
4 給料の強制執行・差し押さえのメリット・デメリット
給料差し押さえのメリットは、職場さえ分かっていれば差し押さえが可能であることです。債務者の利用している銀行名までは不明ということも多いかと思いますが、勤務先程度であれば判明している場合も少なくないでしょう。
デメリットは、債務者に退職・転職などをされてしまうと、次の職場まで差し押さえが追いかけていく訳ではないので、そこで回収がストップしてしまうことです。また差し押さえを実行したことによって、債務者が現在の職場を退職してしまうという危険性も否定はできません。
5 差し押さえされる側から見た場合
給料に強制執行されると、裁判所から職場に差押命令が送達されますから、その段階で職場も驚き、一体どうしたのかという事になります。
差し押さえされた月々の給料は、債務者の勤務する職場(第三債務者)が債権者に対して支払っていくことになります。こうなると、債務総額にもよりますが数ヶ月間から数年間という期間、債務者の職場が給料支払とは別の計算を行い、振込や供託などを続けていくことになるわけですから、勤務先の事務的な負担も無視できないものになってきます。
いずれにしろ、債務者やその職場にとってもあまり望ましい事態とはいえませんから、債務を負っている方はこうしたことにならないよう、約束通りの支払いをきちんと実施することが大変望ましいといえます。
6 まとめ
給料の差し押さえは、毎月の回収額がそれほど多くならず、満額回収までに長期間必要となってしまうケースが多いこと、退職などのリスクに対応できないことなどから、回収方法として積極的にお勧めするほど効果的な手段ではありません。ただ、実際上は給料しか回収対象が見あたらないというケースもありますから、そうした場合には一般的な金融機関でも、当事務所でご依頼を頂いた業務の中でも、給料を対象とした強制執行・差し押さえを行うこと自体は一般的に行われていることかと思います。
「請求される側」の場合は、こうした給料差し押さえに至らないようなアドバイスをまず差し上げておりますし、「請求する側」の場合は、給料差し押さえによるメリットとデメリットを十分ご理解頂いた上で、業務を進めております。
最初から差し押さえを前提とした法律相談、というケースはあまりないかと思いますが、何らかの金銭的請求をお手伝いする中で、強制執行・差し押さえについてのご説明が必要となる場合もありますので、そうした場合は弁護士から詳しくご説明を差し上げております。