1 弁護士増員政策の現状
司法試験合格者の大量増員に向けた2002年の閣議決定から既に7年。2007年度から既に、新司法試験を通過したロースクール卒業生が新規登録弁護士として世に輩出され始めています。
現在はいわゆる旧試験と新試験が並存する過渡期にあり、法曹資格を得るための司法研修所修了試験(いわゆる二回試験)は旧試験合格者が例年9月頃、新試験合格者が11月頃にそれぞれ実施されています。また旧試験は2011年の終了へ向けて合格者数が減少していく一方、新試験を中心とする全体の合格者数は年々増員しながら、2010年頃には年間3000人程度まで増える予定です。
弁護士会の会合など、地域の弁護士が一同に会する場では、弁護士登録年度ごとにある程度集合した状態となりますが、愛知県では60期代の一群が出席者全体の半数近くまで迫るほどの比率となっており、58期の私でさえ実際目の当たりにすると少々面食らう部分もあります。この状態から今後さらに増員ペースが加速するわけですから、これから一体どうなるのかという困惑の声が上がるのも無理のないことです。
愛知県でも2,3年前頃から既に就職難が叫ばれており、弁護士会も地域の法律事務所を対象とした採用調査を何度も実施するなど、地域を挙げて増員問題への対応を進めています。
2 実際の採用現場から
当事務所でも現在、新規登録弁護士を対象とした採用活動を行っていますが、東海地域だけでなく、九州や北海道といった遠方から面接に訪れる方もあり、募集者が多い都市部における競争の厳しさ、募集枠の少ない地方における就職活動の困難さ、双方を感じさせる現状となっています。
面接後に簡単な食事をしつつ希望分野や現在の修習状況などを話していると、自分の就職活動時代を思い出して少し懐かしくなるものです。聞きなれない”ソクドク”という単語を何度か耳にしましたが、いずれの事務所にも就職せず、自宅などを弁護士登録地として”即独立”することなのだそうです。実際、近隣でもソクドク予定者の噂を耳にしますから、情勢は確かに厳しい局面を迎えているのでしょう。
ただ実際に面接を行い何人もの修習生と話していると、就職難とはいいながらも様々な方がいることに気づきます。
意欲に燃えたフレッシュな姿勢や鋭い質問を前に、こちらも負けてはいられないと気が引き締まる貴重な時間も多々ある一方、面接に遅刻欠席する、名刺も持たずにやってくる、食事に連れて行くと会話もせず食べてばかりであるなど、ちょっとした事務所見学気分のまま就職活動に臨んでいる方が散見されることも事実です。
これは、他人はともかく自分だけは就職できるだろうという自信の表れなのでしょうか、あるいは無理ならソクドクすればいいと覚悟を決めている故なのでしょうか。心境は計りかねますが、増員時代を迎えた巷の緊張感とは裏腹に、現場の新人は各々かなりマイペースでやっているようにも見え、微妙な温度差を感じる昨今です。
3 弁護士という職業について
増員ペースがこのまま維持されるのか減速することになるのか、現在のところ不透明な状態ではありますが、法曹人口の増員という方向性自体は変わらず、争点は主に増員ペースの問題と思われます。いずれにしろ、法曹資格を取ったからといって就職できる保証もない時代は、間もなく到来することになるでしょう。
とはいえ、もとより私も司法試験に挑戦する段階から合格の保証など無かったですし、こうして独立開業している現在でも来年の生計が立つ保証などは無く、毎日が不安なものです。
弁護士という仕事は、自らの言葉と行動で依頼者の信頼を勝ち取り、自らの腕で食べていく職種ですから、保証など最初から最後まで在りはしないのだと私は思っています。新たに弁護士を目指し挑戦する方も、最低限そういったことを覚悟しておく必要はあるかと思います。
4 弁護士大増員時代の今後
日々の法律相談をしていると、弁護士というものが市民にとってまだまだ敷居の高い、気軽に相談できない存在であることをしばしば感じます。今後の弁護士増員によって、市民に身近な司法というものが実現されていくとすれば、これまで埋もれていた法的紛争が、弁護士を介した解決の場に現われてくるようになるのかもしれませんね。
事務所を経営する立場としては、これまでの顧客層だけでなく、そうした新しいニーズにも柔軟に対応できるような体制の構築を目指して、日々地道に努力するほかないと考えています。
私は同期弁護士の中では相当早めの独立開業であったため、開業に際しては同期の面々から「本当に大丈夫なのか」などと心配されたりもしましたが、幸いにも多くのご相談を頂きながら、毎日必死にやってきて間もなく2年が経とうとしています。
ご依頼を頂いた案件にはそれぞれ独自の問題があり、常にケースバイケースの判断が求められますから、あまり詳しくない分野の知識が必要となる機会もあります。そうした場合には、地域の先輩弁護士に相談したり、税理士・司法書士など他の専門家と協力したり、必要があれば現地に直接出向いて調査や聴取を重ねたり、なによりも依頼者とよく話し合うなどしながら、ともかく慎重に業務を進めるよう心がけてきました。最近では元依頼者が別件で再び相談をしてくれたり、知人の困りごとを紹介してくれたりと、少しずつ地域の信頼を得られてきた手応えが感じられ、なによりも嬉しく思っています。
こうして少しずつ前進しながら、これからの競争を生き抜いていくしかないのでしょう。また、こういった競争は決して、法曹全体の質を貶めるものではないと信じています。
“変化を受け入れ、自らの力としていく意欲と柔軟性のある方を求めます。”
就職希望の新人弁護士へ向けて募集要項に記載した言葉ですが、自らに対しても問い続けたい課題であると考えています。
(新日本法規出版㈱ Legal Information Mail Magazine(LIMM)リーガルコラム2008年9月掲載原稿に修正加筆)