5月 20 2009
交通事故損害における諸問題
1 平成20年度中の交通事故発生状況
警察庁交通局から、平成20年度中の交通事故発生状況が発表されました。
死者数は8年連続の減少、交通事故発生件数および負傷者数も4年連続で減少と、全体的には改善傾向となっています。シートベルトやチャイルドシートの義務化、飲酒運転の厳罰化など、交通事故の被害防止に向けた対応の成果と評価できるでしょうか。
しかしながら当事務所の位置する愛知県について見ると、交通事故死亡者数は前年に引き続いて全国ワースト一位(276人)となってしまいました。東京都(218人)や大阪府(198人)より多いばかりか、北海道全域(228人)や四国全域(242人)よりも多いという、大変に不名誉な惨状であります。
2 交通事故被害における弁護士の役割
当事務所は、交通事故案件に関しては専ら被害者側の代理人です。交通事故による死亡事故事例や後遺障害事例について、被害者に支払われる損害賠償額の増額を目指して交渉・訴訟を行うことが業務の中心となっています。
こうした業務がなぜ必要になるかというと、端的に言えば加害者側保険会社から提示される示談金の額が低いためです。そもそも保険会社側と裁判実務では交通事故損害の算定基準が異なっているため、弁護士の視点からは特に争点らしき事情が見られないケースでも、相当に低い示談金提示となっていることがあります。
もっとも、当事者間でスムーズに示談成立へ至る場合も一定割合あると思われますから、弁護士への相談・依頼まで発展するようなケースでは、金銭的な問題だけではなく、被害者が、加害者や加害者側損保への不信・不満を抱いている場合が多いように感じています。
加害者側損保も社内基準に従って粛々と業務を行っているはずなのですが、実際には案件や担当者ごとに方針が一定せず、過失割合や逸失利益などに関して必ずしも論理的とは思われない主張に固執してくるような場合も見られます。そうした案件では当然ながら示談も難航しますし被害者側のストレスも大きくなりますから、弁護士が代理人として窓口になったほうがよいケースも多くなるでしょう。
3 交通事故損害賠償債務は破産免責されるか
加害者がそもそも任意保険に加入しておらず、自賠責からの賠償や、自己加入損保からの支払いしか受けることができないというケースも散見されます。こうした場合には加害者本人に対して不足額の支払請求をするほかありませんが、任意保険に加入していないような加害者は経済的に困窮した状態にあることも珍しくないため、そのまま自己破産などをされてしまうと大変困ったことになります。
破産法上の非免責債権とされ支払義務が残るものの一つに「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権(破産法第253条1項2号)」「破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(同3号)」がありますが、交通事故による損害賠償債務は、これらに該当して免責対象から除外されるのでしょうか。
非免責債権の範囲は、条項により必ずしも明確でない場合もありますが、「悪意で加えた不法行為(2号)」とは、例えば害意による暴行などを指す趣旨ですし、「重大な過失(3号)」とは、暴走行為のように違反の程度が著しいものを指すと思われますので、ケースバイケースではあるものの免責確定後の請求というものは難しい場合が多いのではないかと考えています。
なお今年3月13日に広島地裁にて、任意保険に加入していなかった交通事故損害賠償債務の一部を、年額12万円ずつ20年間かけて支払うとの和解が成立し「自己破産 免責認めず」などと報道されていましたが、これはあくまで「和解(両者の譲歩による合意)」であって、交通事故によって生じた損害賠償債務の免責を裁判所が否定したケースではないことに注意する必要があると思います。
4 金銭賠償で解決できない問題について
死亡事故における遺族の悲しみはもちろんのことですが、命が助かった場合でも完治せず後遺障害が残ってしまうなど、交通事故によって被害者やその身内は心身に深い傷を負うことになります。その後の生活スタイルも、事故前とは違ったものになってしまう場合が多々あるのではないでしょうか。こうした苦しみや不自由を、全て金銭に置き換えて評価するという解決方法自体に、もともと難しい部分はあるわけです。
弁護士の業務は損害賠償金の増額という金銭的解決を主眼としてはおりますが、そうした機会を生活再建に向けたきっかけの一つとして受け止めてもらえるよう、依頼者とよく話し合いながら進めることが大変重要だと考えています。
5 今後に向けて
冒頭データのとおり国内の交通事故件数は減少傾向にありますが、一定数の事故発生は日々止むことなく続いています。また交通事故というものは、例えば信号停車中の追突など、自分の側で注意していても回避できない場合があるという点も難しい部分です。誰もが当事者になる可能性のある問題として、今後も交通事故を減少させるための社会政策を進めていく必要があるでしょう。
今年1月にはあいおい損保・ニッセイ同和損保・三井住友海上の経営統合が発表され、3月には日本興亜損保と損保ジャパンの経営統合が発表されるなど、損保業界の再編成も目まぐるしい速さで進んでいます。交通事故の被害者や遺族が、事故後の治療や生活の再建に困窮することのないような保険制度が整えられていくように願うばかりです。